戦国時代 

公開日 2012年10月04日

いせはらの歴史

戦国時代

小田原北条氏の滅亡

応仁の乱後、各地の戦国大名たちは天下の覇権(はけん)を争って戦に明け暮れていました。天正(てんしょう)元年(1573)、15代将軍足利義昭(あしかがよしあき)は織田信長によって京都から追放され、室町幕府は240年に及ぶ歴史に幕を閉じました。しかし、信長も10年足らずで滅ぼされ、天下統一の夢は豊臣秀吉に引き継がれます。秀吉は天正15年(1587)に九州を平定し、諸大名に服従を誓わせますが、関東最大の北条氏だけがそれに従いませんでした。秀吉は北条氏討伐の命を下し、天正18年(1590)には自ら軍を率いて小田原城を包囲しました。このとき秀吉は、日向山霊山寺と大山寺に制札*を授けていたといいます。北条氏当主氏直(うじなお)は3ヶ月に及ぶ籠城(ろうじょう)を続けましたが、小田原評定(おだわらひょうじょう)の後ついに投降し北条氏は滅亡しました。

この小田原討伐の功績(こうせき)により、北条氏の所領が徳川家康に与えられます。家康は基盤のない新天地で、新たな支配体制を築き上げていくことになります。

*1:日向や大山に対して軍勢が乱暴をはたらかないよう安全を保証しました。

お問い合わせ

教育部 教育総務課文化財係

ページのトップへ