串橋中世石塔群〔(伝)善波太郎の墓〕

公開日 2013年06月03日

伊勢原の指定文化財

串橋中世石塔群〔(伝)善波太郎の墓〕

串橋中世石塔群〔(伝)善波太郎の墓〕の写真
読み、指定、種別、数量、指定日一覧
よみ くしはしちゅうせいせきとうぐん〔(でん)ぜんばたろうのはか〕
指定 市指定文化財
種別 建造物
数量 1群
指定日 平成17年4月26日

案内図

 

解説

串橋の住宅地の一角に38基以上もの石塔が集まっている場所があります。

地元では善波太郎の墓として伝えられている中世の石塔群で、五輪塔(ごりんとう)、宝篋印塔(ほうきょいんとう)、宝塔(ほうとう)、板碑(いたび)断片などで構成されています。

板碑を除く他の石塔類は安山岩を加工したもので、永い年月の間に部材が失われたり、組み合わせが変わったりしたものもあります。

五輪塔の時期は鎌倉時代後半から戦国時代(13世紀~16世紀後半)にわたり、宝篋印塔の時期は室町時代中期から戦国時代(14世紀後半~16世紀)となります。

宝塔は大型の2基が室町時代初期(14世紀中頃)、小型の2基が室町時代後期から戦国時代(15世紀~16世紀)と考えられます。

平成14~18年度にかけて伊勢原市教育委員会が発掘調査を実施し、平安時代末から室町時代の土器、平安時代から鎌倉時代にかけての蔵骨器(ぞうこつき)などが出土しました。

伝承によると市内善波を拠点とした善波氏との関係が考えられますが、石塔が無銘のため確認することはできません。

平成20年度に敷地の保全整備を行い、一般に公開しています。

お問い合わせ

教育部 教育総務課文化財係

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