11.高部屋地区:見どころ満載!!文化財巡り 【LC】

公開日 2015年02月27日

最終更新日 2015年03月03日

上粕屋神社

伊勢原ゆかりの武将(太田道灌)が開基した「幡龍山洞昌院」や「太田道灌の墓」、太田道灌と伊勢宗瑞(北条早雲)に関わる伝説が伝えられる「五霊神社」、上杉館の鎮守でもあったという「上粕屋神社(山王社)」、総合運動公園の桜、雨岳文庫の梅などを巡るコースです。

コース難易度:中級コース(ゆるやかな高低差のあるコース。4~7キロメートル程度。約1時間30分。)

距離:7.2キロメートル  時間:100分  消費カロリー:約300キロカロリー  歩数:11,000歩

1.総合運動公園【AED・トイレ】 ⇒ 2.西富岡八幡神社(0.5キロメートル 10分) → 3.五霊神社(2.5キロメートル 30分) → 4.雨岳文庫 → 5.太田道灌公の墓(3.0キロメートル 40分) → 6.七人塚 → 7.上粕屋神社 → 8.産業能率大学(4.0キロメートル 60分) → 9.県立伊勢原射撃場 → 10.高部屋公民館(6.0キロメートル 80分)【AED・トイレ】 ⇒ 1.総合運動公園【AED・トイレ】  

 

コースマップ

コースマップNo.11

 

コース案内

西富岡八幡神社

西富岡八幡神社

御祭神は「誉田別命」です。境内に「神明社」「弁天社」「天王社」「天神社」「金比羅社」「稲荷社」「疱瘡神社」の各祭神を祀っています。例大祭は、4月第一日曜日に実施されています。由緒 創立は詳ではないが、当地草創に当り、氏子諸民の氏神を奉斎したにはじまるといいます。明治6年7月に村社と定められ、明治43年に八幡谷戸の八幡神社を当社に合併合祀しました。

五霊神社

五霊神社

五霊神社の社伝には「大同元年(806)三之宮村五霊原に鎮座」とあり、もとは三ノ宮御領原にあったようです。相模国府の御霊神社であったともいわれています。また、太田道灌と伊勢宗瑞(北条早雲)に関わる伝説が伝えられています。明応3年(1494)9月13日、伊勢宗瑞は太田道灌の非業の死を悼み、家臣家山田伊賀守に命じて道灌の冑を納めさせ、太田三徳命として合祀しました。

雨岳文庫

雨岳文庫

雨岳文庫とは、山口家住宅とその敷地及び、それらを含む2万点近くに及ぶ歴史資料の総称です。山口家住宅の建物はもともと上粕屋の石倉にあったが、幕末に引き屋してこの地に移したものです。構造は、近世民家によく見られる六間取りで、武家屋敷のような風格を漂わせています。平成10年に国の登録有形文化財となっています。

太田道灌公の墓(洞昌院)

太田道灌の墓(洞昌院)

幡龍山洞昌院は、開基は文武両道の鑑といわれた太田道灌で、その墓が寺の西側にあります。道灌の墓石は、15~16世紀のものと推定される宝篋印塔で、道灌暗殺の時期と合致します。この塔は、伊勢宗瑞(北条早雲)が〆引の五霊神社に太田道灌を合祀した際に、一緒に建てられたといいます。

七人塚

七人塚(HPのみ)

道灌の墓の西方に、道灌に殉じた従者を葬ったという七つ塚があります。七つ塚は一時「七人塚」とも呼ばれ、太田道灌の従者7人の墓とされていましたが、おそらくは「七つ塚」とするのが正しいのだろう。名もなき大勢の従者たちは、七つの塚に分けて葬られたのだろう。

上粕屋神社

上粕屋神社

上杉館の鎮守でもあったという上粕屋神社(山王社)があります。山王社は天平年間(729~749)に良弁僧正が大山寺を開創したときに勧請し、その後、江戸時代の元禄年間(1688~1704)には山王権現、明治初期には日枝神社、そして周辺の神社を合祀して、現在は上粕屋神社となっています。

お問い合わせ

保健福祉部 スポーツ課スポーツ係
住所:伊勢原市田中348番地
TEL:0463-94-4711(内線:6511・6512・6513)
FAX:0463-93-8389