実蒔原古戦場

公開日 2013年06月03日

伊勢原の指定文化財

実蒔原古戦場

実蒔原古戦場の写真
読み、指定、種別、指定日一覧
よみ さねまきはらこせんじょう
指定 市指定文化財
種別 史跡
指定日 昭和44年2月27日

案内図

 

解説

文明18年(1486)の太田道灌謀殺後、扇谷上杉氏と山内上杉氏の間で争いが始まりました。長享の乱(ちょうきょうのらん)の勃発です。戦乱は北関東からここ糟屋の地まで及びました。

長享2年(1487)2月5日、山内上杉顕定(やまのうちうえすぎあきさだ)・憲房(のりふさ)〔顕定養子〕は、扇谷上杉氏の本拠地・相模糟屋に押し寄せました。顕定は糟屋の館の北を守る七沢要害(七沢城、厚木市)を攻略し、扇谷定正と城の南に位置する実蒔原で激突しました。

江戸時代の戦記物である『北条記』によると、顕定父子は一千余騎、これに対して定正は二百騎で河越城(埼玉県川越市)から、一日一夜で駆けつけたといいます。

その戦いは「原野血に染まって野草緑を替えにける」といった激戦でしたが、「山内の大勢わずかの小勢に懸負けて、四方に乱れ落ち行く」といった結果となりました。実蒔原の地形を熟知した定正の作戦勝ちともいえるようです。しかし、薄氷を踏む勝利だったようです。定正もその書状で、かろうじて勝利したと述べています。

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教育部 教育総務課文化財係

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