西富岡・中島2遺跡第3次調査(令和5年度調査)

公開日 2024年02月16日

西富岡・中島2遺跡第3次調査

遺跡の概要

  • 所在地
    伊勢原市西富岡字中島910-1、920-3他
  • 調査原因
    一般国道246号(厚木秦野道路)建設工事に伴う発掘調査
  • 調査期間
    令和5年1月4日~3月31日、10月1日~12月31日
  • 主な時代
    縄文・奈良~平安・中世・近世
  • 遺跡立地
    渋田川左岸の段丘上から低地

 

西富岡・中島2遺跡の調査は、令和元年度から断続的に続けられています。本遺跡では、縄文時代、奈良・平安時代、中世、近世の遺構・遺物が出土しており、特に中世から近世前半にかけての屋敷跡が中心です。
 今回の調査地は、地形的に上段・中段・下段に分けられます。中世から近世にかけての遺構・遺物が全面にわたって見つかりました。
 上段では、中世から近世にかけての掘立柱建物跡4棟と竪穴状遺構(竪穴建物跡)・井戸・地下式坑・土坑・溝状遺構などが見つかっています。これらは南側の県道建設に伴う調査地でも、同じ時期の屋敷跡が見つかっていますが、やや距離があるため別の屋敷跡と考えられます。
 中段では、斜面を削った平坦面に中世の竪穴状遺構と井戸・土坑・溝状遺構・段切が見つかりました。こちらは南側の県道建設に伴う調査で見つかっている屋敷跡に関連する遺構群と考えられます。
 下段では、中世から近世の溝状遺構・段切が確認され、これらに区画された畝状遺構が見つかっています。そのほかに竪穴状遺構や井戸・土坑が確認されていますが、下段は主に耕作地だったようです。
 縄文時代の遺構・遺物は、上段を中心として集石・落し穴状土坑等が見つかっています。出土した土器から、早期後半と中期中葉の2つの時期に人々が活動していたようです。
 下段では、これまでの調査によって、下層に幅20m程の埋没谷が南北に延びていることが分かっていました。今回の調査では、現地表面の下約4mの所に礫や砂の堆積した谷底が検出されました。堆積土層の観察から、この谷は中世以前に埋没していたようです。

調査の写真

上段中世から近世の遺構群
上段中世から近世の遺構群
上段中世から近世の井戸
上段中世から近世の井戸
上段中世から近世の掘立柱建物跡1
上段中世から近世の掘立柱建物跡1
上段中世から近世の掘立柱建物跡2
上段中世から近世の掘立柱建物跡2
 
上段中世から近世面全景
上段中世から近世面全景
 
上段中世の掘立柱建物跡と方形竪穴状遺構
上段中世の掘立柱建物跡と
方形竪穴状遺構
上段縄文時代集石の断面(中期)
上段縄文時代集石の断面(中期)
上段縄文時代落し穴状土坑
上段縄文時代落し穴状土坑
中段中世の遺構群
中段中世の遺構群
下段中世以前の埋没谷
下段中世以前の埋没谷
下段宝永火山灰で埋もれていた畝状遺構
下段宝永火山灰で埋もれていた畝状遺構

地図

遺跡の位置

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