日米親善交流のシンボル~青い目の人形~

公開日 2020年03月18日

日米親善交流のシンボル~青い目の人形~

青い目の人形

伊勢原市内にある大山小学校の校長室に、1体の人形があります。

木箱の中に大事に保管されているその人形は、ルース・ジェーンと名付けられた「青い目の人形」の一つです。

青い目の人形は戦禍を免れた限られた数が現在残されていますが、その中でも大山小学校で保管されているこの人形は、数奇な運命を辿って現在まで残された貴重な1体です。

ここでは、市の登録文化財である青い目の人形が発見された経緯と歴史的背景について説明します。
 

1 ギューリックと渋沢栄一の日米親善人形交流

明治18年(1885)に第一次伊藤博文内閣が組閣しましたが、その頃から日本の北米移民が本格化しました。

その当時は国内で労働するのと比較してアメリカでの方が2倍ほどの賃金が得られたためです。

しかし大正9年(1920)、第一次世界恐慌の影響と以前よりあった日本人排斥運動が高揚し、とうとう大正13年(1924)にアメリカ議会で日本人移民の締め出しを狙った「新移民法(排日移民法)」が成立し、日米関係の溝はどんどん深くなっていきました。

そういった状況を改善しようと動き始めたのが、アメリカ人宣教師のギューリックです。

同志社大学で教鞭を執り、大の親日家でもあったギューリックは、この当時の日米関係を憂いて人形交流プロジェクトを提案しました。

「国際理解は子どもの時から」という考えのもと、全米に呼びかけてアメリカの子どもから日本の子どもに人形を送るという事業です。

しかしプロジェクトを投げかけられた外務省・文部省は対応に苦慮し、以前より親交のあった日本人実業家の渋沢栄一に協力を仰ぎ、渋沢はこれを快諾して「日本国際児童親善会」を立ち上げました。

そして昭和4年(1929)にアメリカの子どもたちからメッセージを添えて12,739体の人形が送られてきました。

神奈川県には166体が配布され、その内の1体が大山小学校に届けられました。

 

2 大山小学校の「ルース・ジェーン」ちゃん

大山小学校に届けられた人形は、「ルース・ジェーン」と名付けられていたことがわかりました。

青い目の人形は、ほとんどはコンポジション製(おがくずをニカワで固めたもの)ですが、大山小学校の人形はビスク製(頭と手が陶器)です。

また、人形の背の部分に刻印があり、日本のモリムラ・ブラザーズ(ノリタケの前身)で製造されたものであることがわかりました。

つまり、日本で輸出用として製造された人形がアメリカに渡り、青い目の人形として再び日本に戻ってきたということになります。

モリムラの刻印
モリムラ・ブラザーズの刻印

 

3 戦時中の人形たち

ギューリックたちの尽力によってアメリカと日本の関係に明るい兆しが見えたかと思われました。

しかし、昭和8年(1933)に国際連盟を脱退、昭和12年(1937)には日独伊三国同盟を締結し、日本は戦争への道を歩み始めました。

アメリカとは敵対関係となったため、親善のシンボルであった青い目の人形は「敵性人形」と見なされ、多くの人形が焼却、廃棄処分となりました。

しかし、一部は「人形に罪はない」として学校の戸棚や押し入れの奥深くに隠し置かれました。

大山小学校の人形もその一つで密かに残され、戦禍を免れたのです。

 

4 戦後の発見

戦争が終結すると、しばらく青い目の人形は人々の記憶から忘れられていました。

しかし、昭和48年(1973)に群馬県利根東小学校で「青い目の人形」の存在が明らかとなり、全国的に報道されました。

すると全国各地で青い目の人形の発見が相次ぎ、2007年3月時点で321体にのぼる人形が確認されました。

大山小学校の人形も「古い人形」という認識で残されていましたが、昭和62年(1987)年に卒業生から手紙が届き、「ルース・ジェーン」という名の人形がアメリカから送られてきたことがわかりました。

さらに平成17年(2005)には、人形が送られてきた際にその様子が書かれた同窓会の会報誌が見つかり、大山小学校の古い人形が青い目の人形であることが裏付けられました。

 

5 人形の調査

前後しますが、大山小学校の人形が「青い目の人形」であることを確かめるため、平成13年(2001)に横浜人形の家の学芸員が調査を行いました。

その結果、次のことがわかりました。

(1)人形の大きさは約40cmで、他の人形とほぼ同じ

(2)日本のモリムラ・ブラザーズ製のビスクドールである

(3)大正4~10年(1915~1921)までの7年間に限定して外国向けに作られた人形である。

(4)今の衣装は新しいが、他にオリジナルの下着、ワンピースがある

(5)青い目の人形は、通常、特製のパスポート、アメリカの子どもたちからの手紙、片道渡航切符を携行しているはすだが、現時点では発見されていない。

(6)大山校と焼き印された木箱に収納されている

オリジナルのワンピース
オリジナルのワンピース

木箱
「大山校」と焼印された木箱

6 市の登録文化財に

このように、太平洋戦争前後の日米関係をみる上で非常に重要な意義があり歴史的価値が高いことや、他の青い目の人形と比較しても特徴的で資料的価値が高いことなどが評価され、平成30年10月に伊勢原市登録文化財に歴史資料として登録となりました。

現在は大山小学校で引き続き保管されており、平和のつどい等の戦争を考える行事に展示することで理解を深める一助となっています。