公開日 2026年03月04日
三ノ宮・上尾崎2遺跡
遺跡の概要
- 所在地
伊勢原市三ノ宮2391-3外 - 調査原因
一般道246号(厚木秦野道路)建設事業に伴う発掘調査 - 調査期間
令和7年3月17日~5月30日 - 主な時代
縄文・古墳・近世 - 遺跡の立地
栗原川支流近辺の丘陵尾根の東向き斜面
厚木秦野道路建設事業に伴う三ノ宮・上尾崎2遺跡の周辺では、これまで考古学的な発掘調査がほぼされていません。本遺跡から最も近くで調査されている遺跡としては、南西に約450m離れた三ノ宮・下尾崎(しもおざき)遺跡があります。7世紀代の横穴墓(よこあなぼ)26基、加えて中世の窯状(かまじょう)遺構1基が確認され、横穴墓からは鉄製大刀(たち)、倒卵型八窓鐔(とうらんがたはっそうつば)、刀子(とうす)、鉄鏃(てつぞく)、輪鐙(わあぶみ)、耳環(じかん)、勾玉(まがたま)、丸玉、須恵器(フラスコ型長頸瓶(ちょうけいへい)、平瓶、高坏)、土師器坏等が出土しています。
調査開始前は急な傾斜面を背負った段切り地形となっていました。昭和以降の造成等により、丘陵斜面と平坦部、段切り面が形成されていますが、旧来の南東向きに開析(かいせき)する谷戸奥(やとおく)の地形に遺跡は立地しています。近世では丘陵斜面裾部の溝や土坑、ピットの集中範囲を発見しています。1基の土坑からは、近世陶磁器が廃棄された状況を確認しました。しかし、耕作痕や建物も確認できなかったことや、谷戸奥という立地であることから空閑地(くうかんち)であった状況が窺えます。
古墳時代では現代の攪乱などによる削平が著しかったものの、土坑・ピットが集中する範囲では、前期の土器が少量出土しています。隣接する2基の土坑からは土器片がまとまって発見され、壺や高坏の脚部、壺一個体分の土器が廃棄されていました。これは古墳時代初頭の土器と推定されます。
縄文時代はピット1基のみの確認で、付近に遺構もなく、出土遺物もないことから性格や時期の詳細は不明です。縄文時代以前では谷が埋没(まいぼつ)した堆積を観察し、土砂崩れや液状化痕(えきじょうかこん)、粘質土などの土層があり、自然に埋没した小規模な谷筋であることが明らかになりました。









