公開日 2026年03月04日
池端・駒形遺跡第8地点
遺跡の概要
- 所在地
伊勢原市池端字駒形261番3 - 調査原因
宅地造成事業に伴う発掘調査 - 調査期間
令和7年6月2日~8月29日 - 主な時代
縄文・平安・近世 - 遺跡の立地
鈴川と渋田川に挟まれた伊勢原台地の北縁部
本調査は宅地造成工事に伴うもので、新設道路部分と切土範囲の450平方メートルを対象にして実施しました。調査の結果、平安時代の竪穴建物跡10棟、掘立柱建物跡5棟、土坑7基、近世の道路状遺構1条などを検出しました。また当初の調査計画には含まれていませんでしたが、調査区の東側206.2平方メートルを更に掘り下げを行い縄文時代の遺構確認作業を事業者の了解を得た上で、追加で実施しました。その結果、陥し穴と考えられる土坑2基を含むピット34口を検出し、土器が少量出土しました。
新しい時代順に概略についてふれると、近世では調査区の西端部で検出した道状遺構が1条あります。この道状遺構は底面に硬化面を伴い、覆土下層には宝永の火山灰が堆積していました。この火山灰の堆積から1707年以前から使用されていた道と考えられます。調査区の西に接して略南北に延びる市道がありますが、検出した道状遺構は延びる方向からもこの市道の旧道と考えられます。
平安時代は今回の調査の主体となる時代と言え、竪穴建物跡と掘立柱建物跡、土坑から構成される古代の集落跡と考えられます。遺構の詳細な時期については今後の整理作業の進展を待たなければ結論付けられませんが、建物跡には重複関係が認められることから、平安時代でも二時期以上の時期差を持つ集落と考えられます。
縄文時代は市教委による試掘調査結果からは想定されていなかったものですが、陥し穴と考えられる土坑2基などを検出しました。遺跡の西側約200mの池端東交差点付近には過去の調査で縄文時代中期から後期にかけての集落が存在し、多数の遺構や遺物が集中的に出土することが知られています。今回の調査では建物跡の検出はなく、集落の拡がりは本跡周辺までは及んでいないことが調査の結果明らかになりました。