公開日 2015年03月01日
更新日 2015年03月01日
岡崎城址(無量寺)
岡崎城の城主である岡崎四郎義実(よしざね)は、源頼朝が石橋山で蜂起した当初からの古参の御家人として活躍しました。この城は、「要害厳しく支度せり」と呼ばれていました。城の周りに川を要し、敵の進軍を地形などで阻む絶好の場所であり、相模平野を一望できる台地の先端であることから、城の立地としては最高の場所でした。現在は、馬渡から移されたとされる無量寺の境内となっています。(伊勢原市文化財課編集「いせはら史跡と文化財のまち」より)
八幡台公園
八幡台団地は、昭和30年代後半から40年代にかけて神奈川県が分譲を行った地区です。地区の中に配置された公園では、グラウンドゴルフなどを楽しむ人が多くいます。
八幡台台地から見える大山
伊勢原は、開墾が始まった当初、「千手ヶ原」と呼ばれていました。現在では、千津といった地名で当時の名残があります。伊勢原南地区には東大竹地区があります。この「大竹」は本来「大嶽」であって、高い山を意味するそうです。東大竹地区や岡崎地区は八幡台台地にあり、ここから見る大山は最も美しく眺めることができます。秋には、畑に生えるコスモス越しに大山が見えとても美しい情景が広がります。(伊勢原市文化財課編集「いせはら史跡と文化財のまち」より)